東海道を歩いてきました その3

良太郎です。お蔭様で、念願の睾丸トリートメントに対応となりました!
睾丸…。男性なら、皆そのデリケートさはお分かりでしょう(笑)。痛くないように、程よい力加減で施術するのが大変でしたが、練習を重ねて基準をクリアしたということで、ついに睾丸デビューとなりました!

皆さんに気持ちよくなって頂けるように精一杯させて頂きますので、どうぞお試し下さいね。

それでは第3弾、参りましょう!
良太郎の「東海道を歩いてきました」その3、始まり始まり~!!

今回の宿場は、お江戸日本橋を出てから3つ目、「神奈川」です!

3神奈川
横浜駅のすぐ近くにありますが、実は横浜駅は当時、湾の中でしたw(゜o゜)w
余談になりますが、横浜村は当時は大変寂れた村で、湾に蓋をするように砂浜が延びていました(横に浜が延びていたことから「横浜」と呼ばれるようになったということです)。砂浜なので農業も出来ず、中国に輸出するナマコ捕りとその加工で生計を何とか立てていたということです。
今の中華街辺りから細い砂浜が始まり、馬車道・桜木町辺りで途切れていたそうです。人口はたったの482人!!…これが大都市横浜の原形だったんですね。

…宿場の話を忘れていました。神奈川宿は幕末に外国との交流拠点として目をつけられ、寺院が次々と西洋諸国の総領事館や寄宿舎になった所で、あわよくば日本を植民地化しようとコッソリ企む西洋諸国と右往左往する日本人の駆け引きに巻き込まれた宿場になります。
マンションや個人商店、民家などが建ち並び、狭い旧街道沿いにお寺などは残っていて説明板もありますが、当時宿場として賑わっていた面影はありません。近くに横浜駅があるので、「大都会の地方」と言った感じです。
最寄駅は京急線の「神奈川駅」になります。

○当時(天保14)の神奈川宿の人口5793人、家の数1341軒

名物:黒薬(宿場内の本覚寺が販売していた薬。頭痛・めまい・立ちくらみ・脚気・痛風・打ち身・くじき・腫れ・切り傷・止血・打撲・安産・産後の肥立ち・せき・たん・虫さされ・やけど・疫病・痔など、信じてこの薬を用いれば治るということです。)