東海道を歩いてきました(その7)(良太郎)

良太郎です。年で一番昼の長い時期ですね。活動時間が長くなり、ちょっと得した気分です!…とは言ったものの、夜も大好きなんですけどね(^_^;

さて、またまたやって来ました良太郎の東海道シリーズ!今回は第7弾になります!それでは、始まり始まり~(^^)

7.平塚

相模川(馬入川)を越えて平塚の宿に入って来ました。東海道の宿場の中で、規模はあまり大きくありませんが歴史は深く、東海道が家康によって制定される前から宿場としての機能を持っていたようです。
また、さらに遡ると桓武天皇の孫(平政子)がこの地で没した際に塚を作って弔ったものが「平塚(たいらつか)」と呼ばれ、平塚の語源になったそうです。

目の前には高麗山がそびえ、宿場の人々は「次の宿場へはあの山を越えて行かなければなりません」と言い旅人を泊めていたそうです。実際は山は通らず、次の宿場まで距離もかなり近いのですが…。

今の平塚は道路が広く、とても歩きやすいですが、当時を思わせる物は残っていません。ただ、案内板が随所あり、丁寧に説明してくれますよ。

それでは今日はこの辺で。

平塚宿の人口(天保14)2114人、家の数443軒

最寄り駅:JR東海道線、平塚駅

東海道を歩いてきました(その6)(良太郎)

良太郎です。東海道シリーズが始まり、日本橋から順々に進んで参りましたが、長いこと戸塚で休んでしまいました。。戸塚は江戸時代、日本橋を出た旅人が第一夜の宿を取る場所でありましたが、今回寝すぎてしまいましたねf(^ー^;
また元気一杯、歩き始めたいと思います!
それでは皆さん、大変お待たせ致しました!良太郎の東海道を歩いてきましたシリーズ、再スタートです!

6.藤沢

藤沢は江戸時代、江の島詣でや大山詣でで大変賑わった、観光色の強い宿場だったようです。旅籠にも飯盛女(旅館の給仕だが事実上遊女)が沢山居たようです。

また、藤沢は交通の要所でもあり、東海道をメインとして大山道、江の島道、鎌倉道、八王子道、厚木道など、各方面へ道が出ており、物流も盛んでした。

今の藤沢宿は車や歩行者の密度が濃くて忙しい雰囲気ですが、東海道を少し外れると遊行寺、白旗神社、常光寺など、緑が多くてのんびり気持ちを休めることが出来ますよ。

それでは今日はこの辺で。

藤沢宿の人口(天保14)4089人、家の数919軒

名物:江の島詣で、大山詣で

最寄り駅:小田急線、藤沢本町駅(宿場の京都側の出口、京方付近になります)