陸です!

SPADAブログをご覧の皆さま、こんにちは!

ブログ初登場の陸です😁!
さらっとでも見ていただければ嬉しいです!

暑くなってきましたが、みなさま体調はいかがですか😌?
ぼくは毎日溶けそうになりながらも、なんとか体調崩すことなく過ごしています🍀
熱中症などに気を付けて、こまめに水分補給しましょうね🏝

僕は韓国料理が好きでいろんなお店に行くんですが、ずっとずっと行きたかった『39チキン🐓』にやっと行くことが出来ました🤣

どーーーーーーん!!!!
美味しそうでしょ〜〜〜〜😏😏😏

手前がヤンニョムチキンで甘辛いソースがかかってます🌶
奥がクリスピーチキンで外はサクサク!中はジューシー!でお好みでハニーマスタード🐝を付けて食べまーす!

ボリューム満点💯でめっちゃ美味しくて💯リピ確定です!!👏

近鉄・地下鉄の日本橋駅から歩いてすぐなので、韓国料理が好きな方はぜひ一度足を運んでみてください😋

最後まで見ていただき、ありがとうございます🙇‍♂
おいしいものをいっぱい食べて、体が疲れた時はスパーダに来てリフレッシュしてくださいね⭐⭐⭐

こんにちは令和& 東海道を歩いてきました(その15)(良太郎)

良太郎です!
さぁ、新しい時代がやって来ました!去る平成時代も様々な面で変化は大きかったですが、新時代は更に何倍も大きな変化がありそうな予感がしています。これが良い変化であるように、日々願い、頑張っていきたいと思います。

それでは毎度お馴染みの、良太郎東海道シリーズ。記念すべき新時代幕開けを飾る宿場は……?
ドン!第15弾、蒲原です!派手に飾って頂きましょう!!それでは、始まり始まり~(≧▽≦)ノ.+゚

15.蒲原(静岡県静岡市)

内陸に移転した吉原宿を抜けました。現在は富士市街地となっており、車も多く市役所始め、マンションなど大きい建物も見られます。

住宅街を歩いて行くと富士川にぶつかり、橋を渡ります。勿論、江戸時代は渡し舟でした。
富士川は山梨県から流れており、江戸時代は海と内陸の産物を運んだ舟が盛んに行き来していたようです。
それに加えて東海道の渡し舟まで往来していたのですから、この辺りは相当賑わっていたんだろうと推測されます。

川を渡るとすぐに東海道は丘を登り、景色は一変します。電気はこの川を境に60ヘルツとなります。畑が現れ山はすぐそば、上り下りやカーブの多い道になります。

江戸時代の人々もしんどかったのでしょう。「間の宿」という休憩専用の地域(村)が設けられ、名物の「栗の粉餅」を茶店などで注文し、一服していたようです。

丘を下り、平地に下りると間もなく蒲原宿に入ります。
蒲原宿は設立当時はもっと海側にありましたが、津波の被害を受け、丘の近くまで所替えをしました。丘を下って間もなく宿場に入るのはこのためです。

蒲原宿は江戸時代、富士川の舟運の基地として大変栄えた宿場になります。
江戸時代の建物も東海道沿いに保存され、現代の東京から歩いて来ると、江戸時代の残り香を感じられる初めての宿場になるかもしれません。

蒲原宿の人口(天保14)2480人、家の数509軒

名物:栗の粉餅(間の宿岩淵村)

最寄駅:JR東海道線・新蒲原駅