今月の言葉「危急存亡の秋」(健太)

秋も深まり、冬のにおいが漂う季節となりました。
今日の大阪は快晴で、青い空はまるで絵の具で書いたようにきれいな色でした。
近畿地方は今がまさに紅葉の見ごろとなっていて、赤と青のコントラストがとても綺麗ですね。

実は私、「紅葉狩り」のことを、リンゴ狩りやブドウ狩りと同じようにもみじの葉を持って帰って、天ぷらかなにかにして食べるもんだと、社会人になってしばらく経つまで思い込んでおりました(笑)。
本来「狩り」は獣や鳥を追い立てて捕らえる狩猟のことですが、いつの頃からか、植物も「狩り」の対象となりました。
キノコ狩り、山菜狩りなど、野山に入って野生の植物を採る意味にも使われます。

そのうち、山野に分け入ることそのものを「狩り」と表現するようになり、何も採らずに鑑賞をすることも「狩り」というようになったようです。
確かに、紅葉を求めて険しい山を登り、絶景を探しさまよう様子は、動物や植物を探す「狩り」と同じかもしれませんね。

ちなみになぜ私がもみじの葉を天ぷらにすると思ったのかというと、大阪には実際にもみじの天ぷらを売っているところがあるのです。
数ある紅葉スポットの中でも、「滝」と「紅葉」が両方楽しめる絶景ポイントとして有名な「箕面(みのお)の滝」では、滝のすぐ近くでもみじの天ぷらが売られていますよ。
そこらへんに落ちているもみじを揚げているわけではなく、食用に育てたもみじの葉を一年間漬けておき、ゆっくりと長い時間天ぷら油で焦がさないように揚げているそうです。
新型コロナの感染が再び広がっているさなかですが、密を避けて、自然のパワーをもらいに行ってみてはいかがでしょう。

さて、今回は秋にちなんだこんな言葉をご紹介します。

「危急存亡の秋」

なにやらただ事ではない雰囲気が漢字から見て取れますね。

「ききゅうそんぼうのあき」と読んでしまいますが、これは間違いです。
正しくは「ききゅうそんぼうの“とき”」と読みます。

「危急存亡」の四字熟語として使われることもあり、意味は同じです。
「危急」は危険が差し迫っている様子、「存亡」は生きることと死ぬことを表しています。

「秋」は季節を表す使い方がごく一般的ですが、辞書で調べてみると「あき」以外にも「しゅう」「とき」と読むことが載っており、「季節の秋」以外に「としつき」や「大事な時」という意味があります。
つまり、「危急存亡の秋」とは、生死にかかわる切迫した状態で、生き延びるか滅びるかの瀬戸際、岐路に立たされている状況を表しています。
また、この言葉は個人ではなく、会社などの組織や団体の状況について使われるのが一般的です。

この言葉は「三国志」で有名な諸葛 亮(しょかつ りょう)が、仕えていた皇帝・劉 禅(りゅう ぜん)に奏上した「出師表(すいしのひょう)」に出てきます。
出師表とは、戦いに赴く際に臣下が主君の面前で読み上げる文章で、将軍の立場であった諸葛亮が劉禅に提出したものが最も有名です。

時は2世紀、中国を統一していた後漢王朝は、政治権力の増大や官僚の党派の対立などに不満がくすぶり、黄巾(こうきん)の乱と呼ばれる農民の反乱を発端に各地で内乱が起こりました。
さらに、皇帝が亡くなって王朝の求心力が衰え、3世紀に入り、豪族たちが各地で王朝を建国しました。
これが、魏・呉・蜀の三国時代の始まりです。

北部の黄河流域を抑えていた魏、南部の長江下流域を支配した呉に比べて、内陸部の蜀は土地や経済、人口など、国力は圧倒的に弱いものでした。
蜀の初代皇帝・劉 備(りゅう び)は、建国にあたり、非常に優れた才能を持っていると噂されていた20歳も年下の諸葛亮のもとを3度も訪れ、何とか手助けをしてほしいと頭を下げたと言われています。
これが、故事成語「三顧の礼」の語源となった出来事です。

劉備が亡くなった後を引き継いで2代目皇帝となった劉備の息子・劉禅はその時なんと17歳。
戦乱の世の中で国を守るには若すぎた劉禅はまだまだ遊びたい年ごろで、政治のことに関しては諸葛亮の言われるがまま。
諸葛亮は大臣として、政務から軍の指揮まで全権を担っていました。

蜀を建国した劉備はもともと、魏が支配をしていた地域である河北地方の出身であり、何としても魏を討伐したいと考えていました。
その意思を受け継いだ諸葛亮は、呉と手を組んで幾度となく魏に戦いを挑み、領地を奪い奪われを繰り返していました。

前出の「出師表」は、その魏討伐に向かう際に諸葛亮がしたためたもので、文才があった諸葛亮が書いたものの中でも「この出師表を読んで泣かない人はいない」と言われるほど、忠義を尽くした格調高い名文が並んでいます。
豪族育ちで危機感をあまり持っていなかった劉禅に向けたその出師表の書き出しは次のような文章になっています。

臣亮言
先帝創業未半 而中道崩殂
今天下三分 益州疲弊
此誠危急存亡之秋也
然侍衛之臣 不懈於内 忠志之士 亡身於外者
蓋追先帝之殊遇 欲報之陛下也
誠宜開張聖聴 以光先帝遺徳 恢志士之気

日本語にすると、

「臣下の諸葛亮が申し上げます。
 先帝(先代の皇帝である劉備)は、漢王朝の再建という大仕事の道半ばで崩御なさいました。
 今、世の中は三国に分裂をし、(蜀の領地である)益州は厳しい経済状況で疲弊しています。
 今まさに、蜀がなくなるか存続するか、『危急存亡の秋』であります。
 しかしながら、皇帝にお仕えする臣下たちが宮中の仕事をおろそかにせず、忠義を尽くしわが身を忘れてお仕えをしておりますのは、
 先帝から賜った厚遇に感謝をし、お気持ちに報いようとしているからなのです。
 誠にどうか、良き人材を大切にし、周りの意見を広く受け入れ、先帝のご遺徳を手本として、家臣たちの志を高めてください。」

この日本語訳を読むだけでも、非常に危ない状況が差し迫っており、劉禅に自覚を促す様子がうかがえます。

こうして、魏との戦いに挑んだ諸葛亮は、およそ7年後、戦いの途中で病に倒れ亡くなります。
諸葛亮亡き後も魏との戦いは続き長引いた結果、もともと国力に劣っていた蜀は魏に敗れます。
さらにその後、魏ではクーデターが起こって晋となり、晋が呉を滅ぼしたことによって、激しい三国時代は幕を下ろしました。

三国時代を題材にした漫画やアニメ、ゲーム、小説などは非常に多く、漫画の三国志を読んで歴史を知った人も多いと思います。
当時の有名武将の言葉には名言が多く、また人生の教訓となる事柄が多いことが、人気の理由のひとつであるようですね。
また、自らの興隆と繁栄を求めて独立した魏、呉、蜀は、結局三国とも天下統一をなし得ることができず、主人公となる人々は全て、志半ばにしてこの世を去ったというはかない事実に、心を揺さぶられた人も多いのではないでしょうか・・・。

さて、「秋」が「大事な時」という意味を持つようになったのには理由があります。
それは、「秋が1年で一番大事な時期だったから」です。

なかなかピンとこないかもしれませんが、農業が経済の中心だった時代、秋は穀物を収穫する1年で最も重要な季節でした。
国民の多くが農家だった当時は、秋の収穫が今後の1年を左右する、ひいては国の存続に関わるスペシャルビッグイベントだったのでしょうね。

師も走る12月まであと2週間。
年末は多くの業界が1年で最も多忙となる時期です。
特に今年は新型コロナウイルスの影響もあり、体調を崩しても気軽に病院に行けない状況です。
心と体のお疲れはスパーダでスッキリ吹き飛ばしてコンディションを整え、忙しい季節に向かって健康に過ごしてくださいね。

今月の言葉「心頭滅却すれば火もまた涼し」(健太)

大阪は今日も午前中にすでに35℃まで気温が上昇し、4日連続の猛暑日となりました。
今日の日本の最高気温はなんと41.1℃!!!
観測史上最高タイ記録となりました。
聞くだけで汗が出てきそうですね・・・。

気象庁が管理をしている、日本全国およそ1,300か所にある「アメダス観測所」ですが、正確な情報を収集するため、周囲に芝生を置く、風通しを良くする等の条件があります。
つまり、アメダスが観測をしている範囲の外では、もっと暑いところがあってもおかしくないのです。

今日41.1℃を記録した静岡・浜松のアメダスは、航空自衛隊浜松基地のすぐ近くにある「浜松特別地域気象観測所」で、標高は46mとやや高く、市街地からも少し離れているところになります。
浜松の市街地では、照り返しやヒートアイランド現象で、さらに高温になっていた可能性がありますね。

アメダスは「気温」「降水量」「日照時間」「風向風速」「積雪の深さ」の5つを観測していますが、実は、全ての観測地点で5つ全てを観測しているわけではなく、中には降水量だけを観測していたり、気温と風だけを観測しているところもあります。
近年話題になっているゲリラ豪雨や、雷・竜巻などの局地的な現象をアメダスが観測するには限界があるため、より効率的な「気象レーダー」も運用されています。

気象レーダーは日本の20か所の観測所で日本列島とその海域のほぼすべてをカバーしています。
複数のレーダーを使って計測をしており、例えば、降水量だけではなく、水滴の大きさや雲の位置、雷の強度といったものまで調べることができます。
ただ、レーダーでは気温を計ることができないので、最終的にはアメダスと気象レーダーの両方の情報を持ち合わせる必要があります。

ちなみに、大阪には11か所のアメダス観測所があります。
また、八尾市の奈良県境に近いところに「高安山(たかやすやま)気象レーダー観測所」もあります。個性的な形をした建物ですよ。

さて、お家で、職場で、エアコンのきいた涼しいところで涼しい顔で過ごしていると、いきなり家族や上司にエアコンの電源を切られて、こんな事を言われた経験はありませんか?

「心頭滅却すれば火もまた涼し!暑いと思うから暑いんだ!!」

心頭滅却、すなわち心の中の雑念を取り払えば、どんなに暑くても涼しいと感じられるということを例えたことわざで、「心の持ち方次第で、どんな苦痛もしのぐことができる」という意味です。
こうして、電気代節約を画策する上層部と、そうは言っても暑いもんは暑い我々との戦いが毎年いたるところで繰り広げられるわけです・・・。

この「心頭滅却すれば火もまた涼し」ですが、9世紀の中国・唐の時代の詩人、杜筍鶴(と・じゅんかく)が書いた「夏日(かじつ) 悟空上人(ごくうしょうにん)の院に題す」という詩が基になっています。

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悟空上人と呼ばれる立派なお坊さんは、暑さの厳しいこの時期でも、門を閉ざし、乱れることなく僧衣をきっちりと着ています。
その上、強い日差しから家を守ってくれるような木もありません。
しかし、座禅をして修業に励むには、必ずしも山や川のような涼しい場所は必要ではありません。
心の中を消し去れば、火でさえも自然と涼しく感じられるものなのです。

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という詩なのですが、この詩の転結の部分は「安禅 必ずしも山水を須(もち)いずして 心中に滅し得て 火 自(おのづか)ら涼し」というものでした。

この詩を基に、戦国時代の禅僧、快川(かいせん)が、辞世、つまりこの世との別れの句を詠んだと言われています。

12歳で出家した快川は、1564年、50歳を過ぎたころに武田信玄に仕え、恵林(えりん)寺の住職となりました。
当時は戦国時代真っただ中。風林火山の旗印で有名な信玄率いる甲斐武田氏は戦国最強と言われるほどの一大勢力でした。
信玄は領土を7倍にも広げますが、攻勢を続けているさなかの1573年、信玄は病に倒れ、帰らぬ人となりました。

その後、信玄の息子・武田勝頼はさらに領土を広げますが、大きくなりすぎた勢力を掌握することができなくなり、1575年、長篠の戦いで織田信長・徳川家康の連合軍に大敗を喫し、武田家は多くの家臣を失ってしまいます。
更に1582年、領土を侵略してきた織田軍により、武田家は滅亡することになるのです。

快川は、織田家と最後まで敵対した武将たちを恵林寺にかくまいました。
当時、お寺は聖域と考えられていたため、織田軍は踏み込めず、逃げ込んだ武将の引き渡しを要求しましたが、恵林寺はそれを拒否。
すると、織田軍はあろうことか、火をつけて寺ごと焼き討ちにしてしまったのです。

この時、恵林寺には150人ほどの僧がいました。
皆がもがき苦しむ中、快川はじっと座ったまま身動きをせず、杜筍鶴の詩を用いて「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」と言って炎に包まれていきました・・・。

死を覚悟した快川が座禅を組み、火に焼かれながらも苦しみを感じることなく死んでいったのかどうかは確かめようがありませんが、心頭を滅却するというのは相当に強い気持ちを持つ必要がありそうですね・・・。

この焼き討ちのおよそ3か月後、織田信長の家臣・明智光秀が起こした本能寺の変により信長は寺に火を放って自害します。
光秀がなぜ信長に対して謀反を起こしたのかは戦国最大の謎と言われていますが、光秀は快川とおなじ美濃土岐氏の出身であり、信長が指示をした恵林寺の焼き討ちに恨みを持っていた、という説があります。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」は快川の言葉として有名になりましたが、実際の快川の言葉とは少々異なり、近年の編さん資料で誤訳されて今の形になった、と言われています。
また、実際には快川の言葉ではなく、この事件を脚色する上で快川の言葉として紹介された、という説もあります。

ちなみに、生き延びた武田家の家臣たちを庇護した徳川家康により、1606年に恵林寺は再建され、武田家の菩提寺として知られています。
四脚の鳥居のような形をした、豪快かつシンプルな造りの「恵林寺四脚門」は再建された当時のまま400年以上経った今も残っており、国の重要文化財に指定されています。

さてさて、私が小学生の頃は「熱中症」という言葉はメジャーではなく、「日射病に注意」とよく呼びかけられていました。
炎天下で大量の汗をかくと血液の量が不足し、体の熱をうまく発散することができなくなる症状で、幼い子どもの方が日射病になりやすいと言われていました。

ところが、室内にいても日射病と同じような症状がおこることがクローズアップされ、高温の場所で起こる熱の症状を総称する「熱中症」が徐々に広まりました。
体温調整が難しい乳幼児や、温度を感じる力が弱まってきている高齢の方が熱中症になりやすいと言われていますが、毎日毎日こうも暑いと誰が熱中症になってもおかしくありません。

熱中症予防には、まず水分補給!
特に、大量の汗をかくとミネラル分も一緒に出ていってしまうので、塩分も合わせて摂取する必要があります。
普段あまり汗をかかない人は汗腺の働きが弱いため、ミネラルを含んだ汗をかきやすい傾向がありますので要注意ですよ!
のどが渇いたときには脱水症状はすでに始まっています。
一気に飲み干すのではなく、適量をこまめに取る必要があります。

次に重要なのは体温調節!
極力直射日光に当たらないように、帽子をかぶったり首にタオルを巻いたりする方法もありますが、熱をため込みやすくなることもあります。
風通しの良い衣服だと、汗をかいた時に体の熱を発散しやすくなりますよ。
特に今年はマスクが必要となる場面が多々ありますが、屋外でも周りに人がいない時など、適宜マスクを外したりずらしたりして、熱がこもらないようにする必要があります。
また、長時間いる室内ではエアコンや扇風機をうまく使って、温度と湿度を調整することも大事です。

そして、何より大事なのは体調管理!
睡眠中に脱水症状を起こすこともあるので、我慢をせずに、適温で快適な、質の良い眠りをとることが重要です。
また、適度な運動で汗を流し、暑さに慣れることも熱中症予防には効果的です。
夏バテで食欲がない・・・なんてときは、無理に食べるのではなく、ビタミンをメインに栄養価の高いサプリや栄養ドリンクなどを摂ることも有効ですよ。

今週末ごろから気温は少しずつ落ち着いていく見込みですが、今年は残暑が厳しいとの予報もあります。
火照った体はスパーダで優しくクールダウン&リフレッシュをして、健康に夏を乗り切りましょうね。

今月の言葉「雨」(健太)

今年はとてもよく雨が降る梅雨ですね。

九州地方を中心に豪雨となっているところもあり、すでにかなりの降水量が観測されていますが、天気予報を見てみると、梅雨明けが予想される今月20日(月)前後まで、雨マークがズラッッッと並んでいます。

梅雨の時期の1か月ほどの間に、年間の降水量のおよそ5分の1~4分の1程度の雨が降りますが、梅雨前線の位置により雨の降り方には特徴があります。

前線とは簡単に言うと、北から流れてくる冷たい空気と、南から流れてくる暖かい空気の地表面での境界線のことです。
春から夏に移ろうこの時期、暖気と寒気の力が日本付近で拮抗し、前線が停滞することで雨の日が多くなります。
夏が近づくにつれて暖気の力が強くなるため、沖縄方面から少しずつ前線が北上し、南から順に梅雨明けとなります。

一般的に、前線の北側ではシトシト、前線の南側ではザーザーと雨が降ります。
「梅雨に入ったのにあまり雨が降らないなぁ」と思ったこと、ありませんか?
梅雨の前半は、前線がまだ太平洋側にあり、シトシトと降ることが多いのですね。
逆に、前線が日本海側まで北上し梅雨明けが近くなってくると、ザーザーと激しい雨が多くなってきます。

今年はすでに梅雨前線が日本海まで北上した位置で停滞しているため、毎日のように激しい雨が続いています。
梅雨明けまであと2週間ほどの予想ですが、激しい雨がまだまだ降りそうですので、安全に十分に気をつけて過ごしたいですね。

さて、日本を含めた東アジアは世界的に見ても四季の変化がわかりやすい地域ですが、梅雨の時期は四季のなかでは「夏」に当たります。
しかし、梅雨のイメージと夏真っ盛りのイメージには大きな差がありますよね。
そこで、「春夏秋冬」に「梅雨」と、日本特有の「秋雨」を含めた六季とする捉え方もあるようです。

雨が降ると家から出るのが面倒になったり洗濯物が干せなかったり、今の時期は湿度が上がってベトベトしたり、何かとイヤなイメージが付きまとう「雨」ですが、「恵みの雨」などという言い方もあるように、生きる上でなくてはならないものでもあります。

季節の移ろいが豊かな日本では昔から様々な言い回しで雨を表現してきました。
季節や降り方、強弱や降る場所などによって付けられた雨の名前はなんと400種類以上もあると言われています。
「豪雨」や「にわか雨」、「夕立」などよく耳にするものは限られていますが、今回は少し変わった「雨」の表現をちょっとだけ覗いてみましょう。

「小糠雨(こぬかあめ)」・・・ぬかのように雨粒が非常に小さい霧のような雨。

「村雨(むらさめ)」・・・ざっと強く降ってすぐに通り過ぎる雨。群れた雨という意味で、「群雨」「叢雨」とも書きます。

「御湿り(おしめり)」・・・晴天が続いた後に、地面を濡らすように適度に降る雨。

「篠突く雨(しのつくあめ)」・・・篠は群がって生えている竹や笹のことで、長い竹がまとまって降り注ぐように、激しい勢いで降る雨。

「狐の嫁入り(きつねのよめいり)」・・・晴れているのに雨が降ること。「天気雨(てんきあめ)」「日照雨(そばえ)」「天泣(てんきゅう)」なども同様の表現です。

「外待雨(ほまちあめ)」・・・局地的に降る雨。

「遣らずの雨(やらずのあめ)」・・・帰る人を引き留めるかのように降る雨。

「紅雨(こうう)」・・・花に降り注ぐ雨。

「血雨(けつう)」・・・血の雨が降り注ぐ、、、ではなく、黄砂や火山灰などの土壌成分が含まれて赤く見える雨。

「樹雨(きさめ)」・・・濃霧の森などで、木の葉から滴り落ちてくる雨粒。

「虎が雨(とらがあめ)」・・・旧暦5月28日に降る雨。好きな人が敵討ちにより死んでしまった、鎌倉時代に実在したと言われている虎御前(とらごぜん)という女性の涙になぞらえています。

なんとなく意味が分かるものからことわざ慣用句のようなものまで、多くの表現がありますね。
また、同じ単語でも、地域や時代によって使い方が異なるものもあるようです。

さて、今日は七夕です。
残念ながらお天気がすぐれないので天の川は見ることができませんが、七夕にちなんだ雨の名前があります。

七夕の前日、7月6日の夜に降る雨を「洗車雨(せんしゃう)」と言います。
彦星が織姫に会うために使う牛車を洗う水に例えています。
年に一度の再会を心待ちにしている様子がうかがえますね。

そして、七夕の日に降る雨を「催涙雨(さいるいう)」と言います。
七夕のストーリーには諸説ありますが、神の怒りを受けた織姫と彦星が年に一度だけ会うことを許された日というのが一般的なお話です。

天の神の娘である織姫はとても仕事熱心。
天の神は、織姫に似合う男を地上から探し出し、牛の世話をして一生懸命働く彦星と織姫は結婚をし、二人はとても仲よく暮らしていました。

しかし、しばらくすると二人は仕事をせずに遊んでばかりいるように。
怒った天の神は、織姫を天の川の西に、彦星を天の川の東に引き離してしまいました。

離れ離れになった二人はただただ悲しむばかり。
困った天の神は、「一生懸命仕事をすれば1年に1度会わせてあげる」と約束をしました。

二人は一生懸命働き、そして7月7日、織姫と彦星は天の川の両岸に立ちました。
すると、天の神から銘を受けたカササギが飛んできて、天の川の上に大きな翼を広げて橋を作りました。
こうして、二人は年に1度の再会を泣いて喜んだ・・・はずでした。

ところが約束の7月7日、雨が降りました。
天の川は水かさが増し、カササギは羽を広げることができません。

約束の再会を果たせない二人。
今日会えなければ、もう1年会えないまま。途方に暮れた二人は嘆きの涙を流しました。

すると、どこからともなくカササギの群れが飛んできて、天の川の上に翼をつないで大きな橋を作りました。
会えない、と思っていた二人は、予期せぬ出来事に泣いて喜びました。

そして、別れの時。
現代のようにケータイで連絡がとれるわけもなく、ひたすら相手に思いを馳せながら1年間を過ごさなければなりません。
相手への感謝、愛おしさ、不安、悲しみ・・・
惜別の二人はきっと、いろんな思いをない交ぜた涙を流したのではないでしょうか・・・。

今日の大阪は朝から雨が降ったり止んだりを繰り返すお天気でした。
雲の上では今頃、織姫と彦星が、惜別の雨を降らせているのかもしれませんね。

★SPADAジャーナル配信いたしました&周年記念キャンペーンのお知らせ★(健太)

こんにちは。店長の健太です。

本日、SPADAGメンバーズ会員様向け「SPADAジャーナル 2020年1・2・3月号」を配信いたしました。

周年記念キャンペーンの概要をお知らせいたしておりますので、メール会員、LINE会員の方はぜひご確認ください!

また、SPADAジャーナルのメール配信にて、作文が好きな僕が書いたうんちく談話「今月の言葉」を、今後はスパーダブログにて公開させていただくことになりました。
耳にしたことがあるようなないようなことわざ、古代中国の歴史を楽しく知ることができる故事成語、はたまたよく耳にするけど実は意味がよくわからない言葉など、日常生活には特に役立たない雑学を超長文で書いておりますので、興味がある方はぜひ↓↓↓の方をご覧くださいませ~。

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★周年記念キャンペーンのお知らせ★

スパーダは3月で4周年!
日頃のご愛顧に感謝を込めて、SPADAGメンバーズ・メール会員、LINE会員の方限定の周年記念キャンペーンを本日より実施いたします!

配信をお受け取りいただいたお客さまだけの特別キャンペーンとなります!
新たにご入会いただいた方は、ご入会当日よりキャンペーンの対象となりますので、この機会にぜひご入会くださいませ!
(ご予約の前に手続きをお済ませくださいね。)

なお、メール会員の方でSPADAジャーナルをお受け取りいただいていない場合、当店からのメールが迷惑メールと認識されている、もしくは受信設定にてブロックされている可能性がございます。
受信設定をご確認の上、当店までお問い合わせくださいませ。

また、LINE会員の方は、LINEアカウントの削除・変更をされますとデータが消えてしまいます。
新しいアカウントより改めてお問い合わせくださいませ。

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★今月の言葉★

今年は4年に1度のオリンピックイヤー。
日本で開催される夏のオリンピックは2度目、冬季の札幌と長野を含めても4度目です。
これだけ身近にあるオリンピックはなかなかありませんので、ぜひ多くのアスリートからたくさんの勇気と感動を受け取りたいですね。
コロナウイルスによる騒動でオリンピックの開催が危ぶまれていますが、一刻も早く事態が収束することをお祈りしております。

さて、4年に1度と言えばもうひとつ。
そうです。「うるう年」です。
夏季オリンピックもうるう年も4年に1度、同じ年になるのですが、どうやら偶然のようですね。

うるう年の「うるう」は漢字で「閏」と書きます。
「潤う」のさんずいがないものですが、「閏」は「うるおう」がなまって「うるう」になったという説があります。

「閏」には「本来ないもの」「正統ではないもの」という意味合いがあり、一般的にうるう年のことを指して使われています。
4年に1度だけ訪れる2月29日のことを「うるう日」と言い、うるう日がある年を「うるう年」と言います。

日本ではかつて、月の満ち欠けを基にした「太陰暦」が使われていました。
毎日同じ形に見える太陽とは違い、日々形が変わる月は日にちをカウントしやすいので、昔は太陰暦の方がメジャーだったようです。
ところが、満ち欠けが一周して1か月、1年を12か月とすると、1年がおよそ354日となります。
毎年11日ほどずれていくことになりますので、それが何年も続くと、同じ1月でも、今年は冬なのに10年後には春を通り越して既に桜が散ってしまったという時期になります。
さらに10年後には、1月なのに夏真っ盛り!
暦と季節の関係性が崩れてしまうため、およそ3年に1度、「うるう月」をつくって1年を13か月とし、暦と季節がだいたいそろうように調整しました。

太陰暦に対して、現在世界中で主に使われている太陽暦は地球の公転を基にした暦です。
なんと6,000年も前の古代エジプトでは既に、1年がおよそ365日ほどであることを突き止めていたそうですよ。
ところが、地球が太陽の周りを一周する公転周期は365日と約6時間で、年々少しずつ暦と季節がずれていることがわかりました。
そこで紀元前45年、「賽は投げられた」の名言で知られる古代ローマの英雄、ユリウス・カエサルにより、「ユリウス暦」が制定されました。

ユリウス暦は、それまでと同様1年を365日としたうえで、学者の計算に基づき4年に1度うるう年をつくり366日とすることになりました。
これで、現在の暦に限りなく近づきましたね。

ところが、数百年にわたってユリウス暦を使っているうちに、またまた少しずつ季節がずれてきてしまいました。
ユリウス暦は4年に1度366日となるので、平均すると1年=365.25日となります。
しかし、「太陽年」と呼ばれる、地球が太陽の周りを公転する周期の目安をもう少し詳しく見ていくと、1年=365.2421‥‥日
となり、うるう日を4年に1日増やすとわずかですが多すぎることになります。

ここで登場したのが、現在世界中に広く浸透している「グレゴリオ暦」です。
16世紀後半、時のローマ教皇・グレゴリウス13世は、400年の間に97日のうるう日を含むカレンダーを発表しました。
ユリウス暦より、400年でわずか3日だけ少ない日数にすることで、太陽年により近い周期にしたのです。
これを計算すると、400年=146,097日、平均すると1年=365.2425日となり、ユリウス暦と比べて、太陽年により近くなりました。
日本が江戸時代に入るよりも前に、こんなに細かい計算をする学者さんがいたんですね・・・。

うるう年をいつにするかは、次のように決められました。
・西暦が4の倍数の年をうるう年とする
・ただし、西暦が100の倍数の年はうるう年としない
・ただし、西暦が400の倍数の年はうるう年とする

ちょっとややこしいですね・・・

基本的に4の倍数の年はうるう年となります。
今年は西暦2020年、4の倍数ですのでうるう年ですね。

ただし、100の倍数の年はうるう年となりません。
西暦1700年、1800年、1900年は、4の倍数ですが100の倍数でもあるので、うるう年ではありませんでした。

さらに、100の倍数のなかでも400の倍数の年はうるう年となります。
我々が経験した西暦2000年は400の倍数なので、うるう年でしたね。

今後、4の倍数なのにうるう年にならないのは西暦2100年となりますので、あと80年!!!
まあ頑張って長生きをしないと激レアな状況を体験するのは難しいですね・・・。

ちなみに、グレゴリオ暦でもおよそ3,200年につき1日程度の誤差があることになります。
グレゴリオ暦が始まったのが西暦1582年、その3,200年後はだいたい西暦4800年・・・
地球がどうなっているのか、想像がつきませんね(笑)。

暦が制定された当時の時代背景を見ていくと、「え?そんなことで決めたの!?」というようなことが多々あります。
例えば、
・なぜうるう日は2月なのか?
・そもそも、2月はなぜ28日までしかないのか?
・なぜ、暦と季節を同調させる必要があったのか?
・太陰暦を使っていた日本がグレゴリオ暦を導入した理由は??

などなど、日ごろ当然のようにやりすごしている暦にも、昔の人の知恵とドラマの上に成り立っているわけです。
もしかすると、グレゴリオ暦よりもさらに正確な暦が、今後現れるかもしれませんね。

SPADA TOKYO RESIDENCE2017 終了しました。

店長の健太です。

【SPADA TOKYO RESIDENCE2017】、昨日をもちまして8日間の営業を無事終了いたしました。

昨年に引き続き2回目の開催となった東京営業ですが、昨年の3名から今年は2名のスタッフによる対応となったにも関わらず、昨年を遥かにしのぐ多くのお問い合わせをいただき、東京で営業をするということの反響の大きさを改めて実感し、名残惜しい気持ちで帰阪の途に着きました。

昨年ぶりにご利用いただきましたお客さまも多く、「心待ちにしていた」「来年もまた来てほしい」という温かい励ましのお言葉も多くいただきまして、1日も早い東京出店に向けて、気を引き締めて取り組んでいかなければという使命感に溢れております。

今回お問い合わせをいただきましたにも関わらずお受けさせていただくことができなかった方にも是非ご利用いただけるよう、また日本中から多くの人々が集まる東京で、より多くの方にご利用いただき、「SPADA があってよかった」と感じていただけるよう、より一層励んで参る所存でございます。

2回目となった今回は、前回には見えていなかったことにも気づくことが多く、より良い環境をご提供させていただけるよう試行錯誤を重ねて、是非また来年にも開催させていただきたいと考えております。
楽しみにお待ちいただけますと幸いでございます。

本当にありがとうございました。

最後に、恒例?のスナップショットプレゼント!!

と言いたいとこなのですが、眞君が大阪でご予約をお受けしていて一足先に帰ってしまって僕1人なので、代わりに美味しかったお店をご紹介します(^^;

新宿3丁目にある「軒下(nokishita)」というパスタ屋さんです。
友人に教えてもらったところですが、イタリアン大好きで週に3回はパスタを食べる僕のお腹を満たしてくれる味とボリューム!
メニュー表にはなんと100種類!!?も載っていて、何を注文するか悩むのも楽しみですね〜。
大阪の方も上京の際に行かれてみてはいかがでしょうか・・・。

美味しいものもたくさん食べたので、明日からまたしっかり頑張ります!これからも応援よろしくお願いします(^^)

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年末のご挨拶

店長の健太です。

 

早いもので、2016年も残すところあと1日となりました。

 

皆さんの今年1年で最も印象に残っていることは何でしょうか?

 

今年は、4年に1度のオリンピックイヤーで多くの日本人選手が大活躍をしたり、日本人の先生が3年連続となるノーベル賞を受賞されたり、ポケモンGOが日本中を席巻したりと、様々な分野で新たな賑わいと喜びを感じる1年でした。

 

また、その反面、未曽有の大震災から5年たった今なお、厳しい立場に置かれている方も大勢おり「原発いじめ」が話題になったり、「保育園落ちた日本死ね」という衝撃的な言葉が流行語に選ばれるなど、例年以上に人の心の闇に突き動かされ、考えさせられる1年でもありました。

 

私の今年1年は、何といってもスパーダで始まってスパーダで終わる、人生で最も頭と体を使った1年でした。

 

思い返せば、スパーダのオープンが3月5日に決まった今年1月、初めての経験に手探りながら課題を書き出し、ひとつひとつクリアしていきなんとかオープンに漕ぎ着けました。

 

お店の将来を思い描き希望が膨らむ反面、不安な気持ちも大きく、スタッフの指導やお客さまの対応から税務のことまで、膨大な仕事量に投げ出したくなることもありました。

 

ですが、優秀なスタッフに助けられ、多くのお客さまに細やかなアドバイスをいただき、思い描いていた以上にこの1年でスパーダも私自身も大きく成長できたと実感しております。

 

 

さて、いよいよ2017年の幕開けが近づいてまいりました。

 

2017年はスパーダ・飛躍の年と位置付け、今年1年でできなかったことはもちろん、既成の概念にとらわれずに新しいことにチャレンジしていく1年にする決意で新年を迎えたいと考えております。

 

まずは、オープン以前より構想を練っておりました「ダブルトリートメントコース」(COMING SOONといいながら1年が過ぎてしまいましたね・・・)、一部のスタッフは練習に取り組んでおりますが、早い時期にお客さまへご案内させていただけるようスタッフ一同練習に励んでまいります。

 

また、【SPADA TOKYO RESIDENCE】第2弾も開催予定となっております。

 

他にもやりたいことはたくさんあるのですが、ひとつひとつをしっかり精査してお客さまにお届けしたいと思います。

 

是非お楽しみにお待ちください。

 

 

話は変わりますが、皆さんは「心に残った言葉」はありますか・・・?

 

私は、高校時代にお世話になった恩師が卒業する私たちへおっしゃった、ただ一言が深く心に刻まれています。

 

「至誠剛健の心を持って生きていきなさい。」

 

恩師が思い望んでいた道を、私は今歩んでいるのか、今となっては確かめる術がありませんが、年々、至誠剛健という言葉への思いは強くなってきています。

 

心身ともに強くたくましく、いつも誠実に、そうすることで進むべき道は見えてくると考えております。

 

 

最後となりますが、本年は大変多くのお客さまよりご厚誼を賜り、誠にありがとうございました。

 

2017年も笑顔で終われるように、至誠剛健の心で励んで参る所存でございます。

 

それでは、健やかに新年をお迎えください。

 

健太

【SPADA TOKYO RESIDENCE】終了しました!

店長の健太です。

「SPADA 東京店」出店の布石となる、第1回【SPADA TOKYO RESIDENCE】、東京に来るまでは不安でいっぱいでしたが、蓋を開けてみると大変多くの反響とともに、多くのお客さまにご利用をいただき、本日無事、帰阪の途につきました。

お問い合わせをいただきましたがお時間が合わず、残念ながら今回はご利用いただけませんでした方も多く、期間の終わりに近づくにつれて、また東京に来たいという気持ちが強くなっていきました。

また、ご利用いただきましたお客さまからも、また是非東京に来て欲しい、大阪のお店に行きたい、との大変励みになるお声をいただき、ご満足いただけましたことを嬉しく思いますとともに、より一層のサービスと技術の向上を目指して精進するよう、気持ちを引き締めて取り組んでいかなければならないと感じております。

競合店がひしめく東京で、当店のやり方がどこまで通用するのか、まだまだ不安のほうが大きいですが、課題をひとつひとつクリアし、おひとりでも多くのお客さまにご利用いただけるよう、そしてご利用いただきましたすべてのお客さまにより一層のご満足を提供させていただけるよう、スタッフ一丸となり、これからも至誠剛健の心で取り組んで参る所存でございます。

ご利用・お問い合わせをいただきましたお客さま、またアドバイスを賜りました多くのお客さまに、心より感謝を申し上げます。

【SPADA TOKYO RESIDENCE】、
大成功、本当にありがとうございました!

最後にサービスショットをプレゼント!
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帰りの電車に乗る前に、有名な牛カツのお店で舌鼓をうつ純也君と眞君です。
並んだ甲斐があってめちゃくちゃ美味しかったです!

また食べたいので東京に来ます(笑)

健太

SPADA 公式ブログ、開設しました!

みなさんこんにちは!

店長の健太です!

 

大変長らくお待たせをいたしました!

当店の公式ブログがついに開設いたしました!!!

ブログでは、当店の新着情報はもちろん、気になるスタッフのプライベートや素顔に迫る内容もお伝えしていきますよ~!

 

とっておきなお得情報もあるかもしれませんよ・・・!?

 

今回は!

スパーダブログ開設記念に!!

なんと!!!

 

最近の健太のとっておき画像を載せちゃいます!

 

じゃーん!

s__59875368画像ちっさ(笑)

グランフロント大阪にある笑顔採点機に撮ってもらいました^^

なかなかの笑顔でしょ!

 

え?

これじゃ顔がわからないって?

とっておきの笑顔はお店でご覧ください(^^)

 

こんな感じで、スタッフの楽しい画像なんかも公開していきますので、是非お楽しみにご覧ください!

 

それでは、スパーダとスパーダブログをよろしくお願いします!

健太